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群馬県伊勢崎市 あずま橋と二十三夜塔

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群馬県伊勢崎市 あずま橋と二十三夜塔群馬県情報発信館 ぐんまの会


天気は雨!!
梅雨入りしているんですから仕方がない・・・。

と思っていたら!?

晴れてきたじゃないですか!!


気ままに車を転がすこと1時間。

!?

 
何だあれは?


 

 
大きな石の塊です。
看板もあるので見てみると・・・。

 

 
《あずま橋と二十三夜塔》
橋供養の石碑です。

 

 
古代ではこの付近を東山道という道路が東西に通っていました。
この東山道。

 
当時の都である奈良や京都と東北地方とを結んでいました。

 
 
奈良ー京都ー岐阜ー長野ー群馬ー栃木ー茨城ー福島
と走り抜けていた《東山道》

五畿七道の内の1道で古代日本の律令制における、広域地方行政区画である。


 

 
奈良時代から設けられた交通の要の内の1つだったのですね。

 

律令時代の東山道は、畿内と東山道諸国の国府を結ぶ幹線道路であり、
律令時代に設けられた七道の中で中路とされた。中路とされたのは、
近江・美濃・信濃・上野・下野・陸奥の各国国府を通る道。

(Wikipediaより)




 

このあずま橋。もとの造りは土で出来た橋だったとか。

 

 
ん?つち?

 
土って水で流れちゃうでしょ?

 
と通行人を捕まえて、私の気持ちをぶつけてみました。
すると・・・。

 
 
『木で造られた橋の上に土で覆い、踏み固めて歩きやすくした。そんな橋のことを土橋と言うんですよ。』

 
と気さくに教えてくれた。

 
さすがは群馬県。
気さくで人が良い。

 
ありがとう、おじちゃん!!


 
川と人間との戦いは昔から頻繁に起こっていました。
人は渡るために橋を建設します。

 
が、自然は時に牙をむきます。

 
雨が降れば洪水となり、橋も押し流してしまうわけです。

 
そこで1811年。
田部井村の住人たちが団結して石橋に架け替えたということです。
 

 


 
そして、何度も押し流されてしまった《土橋》の供養もと
二十三夜塔も建立したという話です。


 
今では石橋の役目を終えて、この様になっています。
二十三夜塔と共に現代の人々を眺めているのでしょうね。


 
もしよろしければ、ポチッっと応援をおねがいします。



 

より大きな地図で ぐんまの会 を表示

 


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