前の記事  « | »  次の記事

事務所のある前橋市下大島町とは。

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 事務所のある前橋市下大島町とは。
Bookmark this on Yahoo Bookmark
Share on FriendFeed
事務所のある前橋市下大島町とは。群馬県情報発信館 ぐんまの会



このブログ【群馬県情報発信館 ぐんまの会】
始めて1ヶ月以上が経過しました!!

時間というのは、あっという間に過ぎていきますね。

ここで、大変なことに気がついたわけです。


というのも、ぐんまの会の事務所がある下大島町を紹介していない!


ニントモナントモ失礼な話です。


 
おっほん!

 
では改めまして、前橋市下大島町はどんなところかと申しますと・・・

 
郵便番号は【379】で始まる通り、群馬県に在する街です。
産業といえば、主に農業が盛んです。

 
桃・梨が有名なんですね。

 
特に梨は《大島梨》というブランド梨を栽培しており、
この《大島梨》の歴史は古く、文政13年(1830年)までさかのぼります。

 

 
昔から、下大島地区は旧利根川の河床で「石っ河原」といわれるほど、農業には不利な土地でした。

 
しかし、生活するためには何かを生み出していかなくてはいけないわけですね。

 
そこで1人の男が立ち上がった。

 
関口長左衛門

 

 
彼は来る日も来る日も梨栽培の研究に没頭し、
枝を八方に張らせる「棚作り」の方法を考案しました。

 
品質の向上と収穫量の増加を成功させ、販路獲得やブランド価値の向上までやり遂げた

 
活動はそれだけに留まらず、全国を行脚。


 
1859年には伊勢の国・津藩(現在の三重県)藩主藤堂候に招待を受け、梨園を開きました。
翌年の1860年には備中・足守藩(現在の岡山県)に行き、栽培技術を普及しました。
その他には、新潟などにも赴いて栽培技術を広め、梨栽培を普及、定着させることに尽力を惜しまなかった。

 

 
こんなにも熱い物語を抱えた下大島町。

 

 
関口長左衛門 翁は、明治5年1月死去。
65歳の生涯を閉じたときには、地域住民は悲しみに暮れたことでしょう。

 
現在でも梨翁(りしょう)として尊敬され、語り継がれています。

 
梨もスクスクと成長してきています。
収穫される日が楽しみです!!

 
 

 
下大島町の《大島梨情報》は下のリンクから
http://www.ooshimanashi.com/

 
もしよろしければ、ポチッっと応援をおねがいします。






関連記事:


前の記事  « | »  次の記事

トラックバック URL

コメント & トラックバック

No comments.

Comment feed

コメントをどうぞ