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群馬県の地名ってどこからきてる?

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群馬県の地名ってどこからきてる?群馬県情報発信館 ぐんまの会


群馬県の地名ってどこからきていると思いますか?
いろいろな考えがあるようなのですが、そのうちの1つを紹介します。



藤原京跡から見つかった木簡には、「上毛野国車評」という1文が残されています。
古墳時代から《毛野国(けのくに)》と呼ばれていました。


由来は、「作物がよく取れるから」とか、「当時の都から見ると蝦夷地寄りだから」とか様々です。

さて、ではなぜ車(くるま)と言われていたのか?

これもまた諸説あるようです。
当時の文明人《呉人(くれびと)》がたくさん住んでいたとか、天皇の乗るクルマを生産していたとか。
どちらにしても、古代日本では文化・産業の中心だったと言っても過言ではないかもしれません。

クルマの生産が盛んだったということは、馬の生産も盛んだったようです。あの、前田慶次の松風もここ群馬県で見つかったとかいう話も聞きます。
奈良時代には群馬という漢字で表していたようで、読み方は江戸時代までクルマと読んでいたとか。

そして、最近、マスコミを賑わせている『古墳時代のよろいを着た状態の人骨を発見』されたそうです。
俄然、古墳時代が盛り上がってくるんじゃなかろうか?(希望です)

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※FNNnewsCH

文化の中心地。
クルマ産業の中心地。
作物の豊富な地。





とても住みやすい環境だったのだろうと考えられます。
天災の少ないこの群馬県。

ここから盛り返して行くのは、人の力にかかっていますよ!!

 
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